タイで仕事をしていると、ビジネスのスピード感とは別の時間が流れている瞬間があります。地方の寺院でふと耳にする民俗音楽や、村の夜に灯る影絵芝居。どれも観光用ではなく、生活と呼吸を合わせるように続いてきた文化です。
私たちはこれまで、企業の海外展開や行政プロジェクト、大学との共同研究など、さまざまな場面で文化の存在感に向き合ってきました。今回、タイの民俗芸能継承についてまとめられた文書を読みながら、文化政策だけでなく、デザインの現場にも響く気づきが多くありました。
文化は見えるようになると動き出す
2016年に制定された無形文化遺産法は、タイの伝統芸能や祭礼を国家としてどう扱うかを明確にしました。登録されることで、保存や教育、国際発信などの支援を受けられ、文化が社会の中で正式に位置づけられるようになります。
ノーラ舞踊やナン・ヤイがその代表例です。ユネスコ登録をきっかけに若い担い手が戻り、地域の誇りが再び強まったことで、継承の流れが活発になりました。
この位置づけ直されることは、実はビジネスや政策にも大きく関わります。ブランド設計やコミュニケーションの前提として、その土地の文化的空気を理解できているかどうかでプロジェクトの質は大きく変わります。
私たちのデザインの根底にも、表現だけではない文化的文脈の解釈があります。文化を知らずにコミュニケーションを組み立てると、どこかにずれが生まれるからです。
制度だけでは拾いきれないものもある
一方で、制度は文化の価値を選ぶ仕組みでもあります。登録された文化の影に、日常のなかで自然に続いてきた文化や、口承の物語、地域の習慣が隠れてしまうことがあります。
実際、地方の現場に足を運ぶと、リスト化された文化よりも、生活の延長のように続いてきた文化のほうが力強かったりします。
こうした制度に載らない文化を丁寧に拾い、企業や行政が理解できるかたちへ翻訳することは、デザインに求められる重要な役割だと考えています。
ロゴや色使いといった要素よりも前に、その文化で何が大切にされているか、どんな価値観が判断基準になっているかを捉えることが欠かせません。
2025年の新法は文化を人の側から捉え直した
2025年に施行された民族的生活様式保護法は、文化政策の重心を大きく変えました。これまでの制度が芸能そのものを保護してきたのに対し、新法はその文化を生み、守ってきた人びとの尊厳や権利に焦点を当てています。
言語、衣装、儀礼、生業、土地利用など、暮らしのすべてを文化として扱う姿勢が明確になり、国家が生活レベルの文化を支えていく形へと移行しました。
この考え方は、 私(信藤)が研究で扱う社会的包摂やコミュニティの再生とも深くつながっています。文化をイベントや成果物として扱うのではなく、生活の仕組みとして理解する視点は、デザインの現場にもそのまま通用します。
地域が主役になると、文化は自然に続いていく
文書では各地の取り組みも紹介されていました。影絵芝居ナン・ヤイの復興、ノーラ舞踊の若手増加、地方祭礼の再評価など、文化がコミュニティの力で再び動き出した事例が多くあります。
どの事例にも共通していたのは、行政ではなく地域の人びとが中心にいることでした。行政は裏側から支援し、コミュニティの主体性が文化を前へ進めていく。
私たちの仕事でも、この構造はよく似ています。外部の専門家として価値を押しつけるのではなく、もともとその地域や企業に存在していた価値をいっしょに言語化し、デザインとして形にすることを大切にしています。
デザインは文化を守る主役ではなく、支える側です。その姿勢こそ、長く続くプロジェクトをつくる条件だと感じています。
弊社の事例:文化から読み解くデザイン実践
私たちが官公庁や大学と協働したプロジェクトの中で、特に印象に残っているものがあります。日本とタイの企業をつなぐ視察ツアーや交流イベントを設計した際、単なる案内イベントではなく、日タイの文化的価値観をどう翻訳し、互いが自然に話し始められる場にできるかが鍵になりました。
タイ側は関係性を温めてから本題に入る文化を大切にします。一方で日本側は時間通りに議題へ進めることを優先します。この文化の速度差を前提に、会場の動線、交流の順番、ピッチの構成、ブースの設営、名刺交換のタイミングに至るまで細かく設計しました。
結果として、双方が無理なく対話に入れる空気が生まれ、予定以上のマッチングや共同プロジェクトにつながりました。
この経験を通じて、文化は扱いにくい要素ではなく、関係性を生み、コミュニケーションを滑らかにする設計素材そのものだと強く感じました。私たちにとって文化は、デザインの前提にある文脈であり、事業の根を支えるパラメータでもあります。
Alt Design Office が提供する価値は文化の翻訳にある
ここまでの議論を通じて、私たちが提供している価値は次の三つに集約されます。
文化の背景を読み解く力
日タイ両社会の生活様式や価値観を理解し、前提条件から読み取る力。
行政、大学、企業を横断する視点
文化政策や産業、地域社会の文脈をつなぎ、プロジェクトの調整役として機能する力。
文化を使える形に変換するデザイン
文化資本をブランドやサービスに落とし込み、企業の価値向上につなげる設計力。
文化を理解しているかどうかで、プロジェクトの成果は大きく変わります。そこに私たちが介在する意味があります。
文化は未来を形づくるインフラになる
民俗芸能の継承制度や2025年新法は、文化を過去の遺産ではなく、未来をつくる資源として扱う流れを示しています。
私たちはこれからも、文化への敬意を前提に、デザインを通じて人と社会、企業と地域をつなげていきます。
文化は背景ではなく、未来のインフラのような存在です。その力を見える形にし、多くの人に届くデザインへと昇華させること。それが私たちの仕事の中核にあります。